パニック障害の医学的メカニズム:生物学的要因と最新の研究成果(2025年)

理由もなく突然襲ってくる動悸、息切れ、めまい——それは「気のせい」ではなく、脳内の神経伝達や身体の防衛システムに深く関係する医学的な現象です。この記事では、東京駅近くの心療内科「メディカルクリニックルナ東京」が、パニック障害の最新の生物学的メカニズムと研究成果(2025年版)を解説します。

目次

パニック障害の生物学的・神経科学的要因

神経伝達物質の関与について

セロトニン(5-HT)

パニック障害ではセロトニン神経系の機能不全が示唆されています。セロトニンの不足や過剰による神経伝達のアンバランスが発作誘発に関与しうると考えられ、実際に選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などの抗うつ薬が症状緩和に有効なことがこの説を支持します。またセロトニン作動性の神経細胞の一部(縫線核のニューロン)が二酸化炭素(CO₂)濃度の変化を感知する化学受容体として働き、体内のpH恒常性を調節するとともにパニック発作の引き金に関与することが報告されています。

ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)

脳幹の青斑核(LC)は脳内ノルアドレナリンの主要な供給源であり、ストレスに反応してLCが過剰に賦活すると全脳にノルアドレナリン放出が増大します。パニック障害患者ではこのLC-ノルアドレナリン系が過敏とされ、LCから扁桃体・前頭前野・海馬への過剰なノルアドレナリン放出が「戦うか逃げるか」の自律神経反応を増幅し、動悸や過呼吸などパニック発作の身体症状を引き起こすと考えられます。実験的にも、ノルアドレナリン放出を促す薬剤の投与は感受性の高い人でパニック発作様症状を誘発します。

GABA(γ-アミノ酪酸)

GABAは脳内の主たる抑制性神経伝達物質で、不安や覚醒を抑えるブレーキの役割を担います。パニック障害ではこの抑制系の働きが低下している可能性が指摘され、実際にGABA_A受容体を増強するベンゾジアゼピン系抗不安薬が即効性の症状軽減をもたらすことが知られています。しかしベンゾジアゼピンは依存リスクや認知機能への影響が大きいため、近年はより安全なセロトニン・ノルアドレナリン系抗うつ薬がパニック障害治療に優先的に用いられています。GABA機能低下の直接的な証拠として、脳波や脳磁気共鳴スペクトロスコピーによる研究でパニック障害患者の脳内GABAレベル低下を示す報告もあります。

その他の神経化学因子

パニック発作の発現には他の神経伝達物質やペプチドも関与します。グルタミン酸などの興奮性伝達物質とGABAのバランス異常がパニックの亢進に影響すると考えられ、また消化管ホルモンであるコレシストキニン(CCK)は脳内でも不安誘発作用を持ち、健常者へのCCK-4投与がパニック様発作を誘発することから研究モデルに利用されています。逆にアデノシンは神経抑制的に作用しカフェイン(アデノシン受容体拮抗薬)が不安を誘発する事実からその関与が示唆されています。さらにニューロペプチドY(NPY)は扁桃体や海馬など不安経路に高密度に分布しストレス耐性に寄与する抗不安作用を持ちますが、パニック障害患者ではNPY濃度の低下が認められストレス・恐怖反応に過敏になりやすいとされています。

オレキシン

日本人が発見した、覚醒・摂食に関連するオレキシン(Sakurai et al., 1998)は、パニック発作の誘発に重要な役割を果たすことが示唆されます。パニック障害患者の髄液中オレキシン濃度は健常者より高く、動物研究ではオレキシン作動性ニューロンの過活動がパニック様行動を引き起こし、オレキシン1受容体拮抗薬の投与でその反応が抑制されることが報告されています。この知見はオレキシン受容体が将来的な創薬ターゲットとなり得ることを示唆しています。

グレリン

グレリンは児島先生らが発見したホルモンですが、マウスに繰り返しグレリン受容体アゴニスト(GHSR)を投与すると、扁桃体でのグロースホルモン(GH)上昇を介して恐怖記憶が強化され「ストレス-グレリン-GH経路」による不安増悪が示された研究もあります。

このように、脳内の伝達物質が複雑に関与していることが考えられます。しかも、不安と摂食関連ペプチドか関連しているのが興味深いと考えています。

脳領域と神経回路

扁桃体

扁桃体は恐怖情動の中枢であり、危険を感じた際に真っ先に活動が高まります。パニック障害では扁桃体の反応性が過剰であると考えられ、わずかな内的・外的刺激を「脅威」として誤認し過剰な闘争・逃走反応(自律神経の急激な交感神経賦活)を引き起こすとされています。扁桃体の異常興奮は視床下部-下垂体-副腎系(HPA軸)にも影響を与え、コルチゾールなどストレスホルモン放出による全身的な不安反応を増幅させます。さらに扁桃体は過去の恐怖記憶とも結びつきやすく、過去にパニック発作を起こした状況や体内感覚を学習してしまうことで、類似状況で扁桃体が再び過剰反応し発作が誘発される悪循環(条件付け)も生じます。

前頭前皮質

前頭前皮質(PFC)は思考や感情制御を司る脳領域で、扁桃体の暴走を抑制して恐怖反応を理性で抑え込む「ブレーキ役」を担います。腹内側前頭前野(vmPFC)や背外側前頭前野(DLPFC)は恐怖消去や情動調節に重要ですが、パニック障害ではこれら前頭前皮質の活動低下や機能不全が報告されており、恐怖回路への抑制が十分に働かないことで不安やパニック症状が持続・増幅すると考えられます。実際、機能的MRI研究でもPD患者は扁桃体‐前頭前野間の機能的結合の低下(扁桃体過活動と前頭前野低活動)を示すことがあり、これは恐怖制御の障害を反映していると解釈されます。

海馬

海馬は記憶と文脈の符号化を担う部位で、恐怖刺激の文脈依存的な抑制(「それが本当に危険な状況か?」を判断する)に関与します。パニック障害では海馬の容積縮小や活動異常が示唆されており、安全な環境下でも過去の発作の記憶や文脈を誤って想起してしまい、不適切な恐怖反応を誘発する可能性があります。海馬の機能低下により、本来は無害な身体感覚や環境も「また発作が起こるかもしれない」と誤認され、予期不安や広場恐怖の形成に寄与すると考えられます。

島皮質

島(島皮質)は内臓感覚や体内の状態(心拍、呼吸、腸の動きなど)をモニターし主観的な不安感に結びつける領域です。パニック発作では動悸や息切れなど強い身体感覚が生じますが、島皮質の過敏性により本来は軽微な体内変化を過大評価し「息が詰まる」「心臓発作を起こしそうだ」といった強烈な恐怖につながると考えられます。島皮質は扁桃体や前頭前野とも連絡しており、身体症状と情動の橋渡し役です。PD患者ではこの領域の活動が亢進し、些細な身体シグナルから急激に不安が高まる神経メカニズムが示唆されています。

脳幹部

パニック発作の急性症状(過呼吸、めまい、死の恐怖など)は脳幹の原始的な防御回路の活性化と密接に関連します。中脳水道周囲灰白質(PAG)は本能的な防御反応の出力中枢で、外科的脳刺激の報告から、この部位を刺激すると患者に強烈な恐怖感・息切れ・めまいなどパニック発作様の症状が誘発されることが知られています。PAGは扁桃体や視床下部と連携して闘争・逃走反応を発現させる要であり、PDではPAGの閾値低下が示唆されます。さらに青斑核(LC)および縫線核といった脳幹の化学感受領域が「窒息アラーム」として働く仮説も支持されています。PD患者は二酸化炭素濃度の上昇や乳酸注入に対し過敏で容易に発作を起こしますが、これは脳幹のLCや縫線核、PAGに存在する化学受容体が通常より敏感に作動し「窒息しそうだ」「酸素が足りない」という誤った緊急信号を扁桃体に送りパニック発作を誘発するためと考えられます。実際、先述のように縫線核のセロトニン神経はpH低下/CO₂上昇を検知しパニック誘発に寄与することが示されており、また慢性的なCO₂過敏性は各個人の特性として存在することも報告されています(PD患者はCO₂感受性が高く、逆に先天性中枢低換気症候群患者や潜水士はCO₂感受性が極めて低いという対比)。これら脳幹部の過敏なアラームシステムと大脳辺縁系(扁桃体など)の相互作用が、パニック障害の発作の誘因になると考えられます。

最新の研究成果2025年時点

神経生理学的理解の進展

最近の研究では、パニック障害の神経基盤について新たな知見が得られつつあります。PACAP(パカップ:下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド)という神経ペプチドが脳内でパニック発作を媒介するという報告があります。2024年に報告されたマウス研究では、橋から中脳にかけてのPACAP作動性神経回路がパニック様の行動・身体症状を引き起こす上で重要な役割を果たしていることが突き止められました。パニック発作時にはPACAPを産生する特定のニューロン群が活性化し、このニューロンがPACAPを放出すると縫線核のPACAP受容体を持つ下流ニューロンが刺激され、心拍数増加や過呼吸などパニック発作特有の反応を引き起こすことが示されています。さらにPACAP経路を薬理学的に遮断すると、これらのパニック症状が顕著に軽減できることも明らかになりました。この発見はPACAPおよびその受容体を標的とした新規治療の可能性を示すものであり、著者らはPACAP関連ニューロンがパニック障害治療の創薬標的になり得ると述べています。PACAP経路の解明は従来扁桃体中心と考えられてきた恐怖回路の見直しにつながり、パニック障害の神経生物学的理解を一層深める成果といえます。

近年は他にも、パニック障害の病態を裏付ける生物学的所見が蓄積しています。脳由来神経栄養因子(BDNF)に関する2023年のメタ分析では、パニック障害患者では健常対照と比較して血中BDNF濃度が有意に低いことが示されました。BDNFは神経可塑性(シナプスの適応力)の指標であり、その低下はパニック障害における神経可塑性の障害やストレス応答の異常を示唆します。また神経免疫学的な視点からは、パニック障害患者で炎症性サイトカイン(IL-6など)やストレス関連ホルモン(レプチン)の上昇が報告されており、免疫系の慢性的な活性化や炎症反応が不安回路の過敏性に寄与する可能性が指摘されています。実際、ストレスに伴う炎症反応が扁桃体など脳内ネットワークの過興奮を招き、不安障害の一因となるという概念が提唱されています。これらの新たな知見は、パニック障害の発症メカニズムが神経伝達物質や脳回路の異常に留まらず、神経栄養因子の減少や免疫系の攪乱を含む全身的な生物学的異常である可能性を示しており、総合的な病態理解と治療戦略の開発に繋がっています。

診断法の進歩

パニック障害の診断は現在のところ問診と症状評価に基づいて行われ、生物学的マーカーは確立されていません。実際「現時点で臨床において有用性が確認された特異的な代謝物や診断バイオマーカーは存在しない」とする報告もあります。しかし将来的な客観的診断指標の開発に向けた研究が進んでいます。脳画像解析の分野では、恐怖回路を構成する扁桃体・島皮質・前帯状皮質などの構造MRIデータから特徴を抽出し機械学習で判別する手法が試みられています。ある研究では、恐怖関連脳部位のMRIラジオミクス(放射線画像特徴)解析によりパニック障害患者を健康対照から約80%の精度で分類できたと報告されています。機能的MRIによる脳ネットワークの解析でも、安静時や不安課題中の扁桃体を中心とした異常な脳機能結合パターンがPD患者で確認されており、それを治療効果予測や客観診断に応用できないか検討がなされています。血中バイオマーカーの探索も続けられており、前述のBDNF低下や炎症性サイトカイン上昇といった所見は将来的にバイオマーカー候補となり得ます。さらに、メタボロミクス(包括的代謝産物解析)によってPD患者に特徴的な血中代謝物プロファイルを見出す研究も行われ、いくつかの候補物質が報告されています(例:乳酸やアミノ酸代謝物の変化)が、これらはまだ探索段階であり臨床診断に用いるまでには至っていません。総じて、診断法の面では脳画像AI解析や生体マーカーの開発という先端技術が試みられており、今後客観的な診断・予後予測に資する指標が確立される可能性があります。

治療法の新展開

パニック障害の治療は、現在も薬物療法と認知行動療法(CBT)が両輪となっています。薬物療法ではSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRIによる長期予防的治療、および発作時の頓用薬としてのベンゾジアゼピン系抗不安薬の使用が標準的です。近年、この従来治療に加えていくつかの新たなアプローチが模索されています。薬理学的には、新規作用機序を持つ抗不安薬の研究開発が進んでおり、その一例がオレキシン受容体拮抗薬です。前述のようにオレキシン系はパニック発作誘発に関与しており、動物モデルでオレキシン1受容体のブロックがパニック様反応を軽減することが示されています。現在、不眠症治療薬として承認されているオレキシン受容体拮抗薬(スボレキサントなど)がパニック障害や不安障害に有効か検証する臨床研究が進められており、将来的にパニック障害への適応拡大が期待されています。また、グルタミン酸系やGABA系の調節薬についても検討がなされています。例えば、抗結核薬でもあるD-シクロサリンはNMDA受容体の部分作動薬として曝露療法の学習効果増強に用いる試みが不安障害全般でなされてきましたが、パニック障害に対する効果は現在のところ限定的であるとの報告があります。一方、SSRIと認知行動療法を組み合わせる統合的治療や、SSRIに抗不安薬や抗うつ薬を追加して難治例に対処する試みも行われています。全体として、薬物療法の分野では従来薬の最適活用と新規作用機序薬の開発の双方から治療成績の向上が図られています。

近年特に注目されるのは脳の神経調節法(ニューロモジュレーション)の進歩です。非侵襲的脳刺激法である経頭蓋磁気刺激(TMS)はうつ病治療として確立されつつありますが、不安障害への応用研究も増えています。2023年のランダム化比較試験では、反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)を左背外側前頭前野(左DLPFC)に適用することでパニック障害患者のパニック発作頻度と重症度が有意に減少したと報告されています。特にrTMSと認知行動療法を組み合わせた群では単独治療より症状の大幅な改善がみられ、薬物以外の新たな治療選択肢として有望視されています。rTMSは前頭前野の活動を高めて扁桃体への抑制を強化し、さらにシナプス可塑性を促進して神経回路を正常化することで持続的な不安軽減効果をもたらすと考えられています。またrTMSは神経伝達物質放出にも影響し、GABAやグルタミン酸、セロトニン系の調整作用を通じて不安を低減する可能性も示唆されています。

さらに経迷走神経刺激(VNS)経頭蓋直流電気刺激(tDCS)などの手法も研究段階にあります。迷走神経刺激は古くはてんかん治療に用いられてきましたが、近年、恐怖記憶の消去(エクスティンクション)を促進する効果が報告され、不安障害への応用が模索されています。例えば恐怖症患者を対象とした研究では、暴露療法中に耳介部の迷走神経を非侵襲的に刺激することで心拍数や筋緊張など恐怖反応の生理指標が低減し、エクスポージャー療法の効果増強につながる可能性が示されています。パニック障害においても、迷走神経刺激によるリラクゼーション効果やノルアドレナリン系の調節を利用して発作閾値を上げる試みが行われています。これら神経調節法はまだ標準治療ではありませんが、薬物療法や心理療法に効果不十分な難治性の不安・パニック症状に対する新たな治療オプションとして期待が高まっています。

以上のように、パニック障害の医学的メカニズムの解明は近年飛躍的に進みつつあり、脳内の神経伝達物質や恐怖回路の理解に基づく診断・治療の高度化が図られています。生物学的要因としてセロトニン・ノルアドレナリン不均衡やGABA低下、扁桃体中心とする神経回路の過敏性がパニック発作に寄与する一方で、最新研究はさらにPACAPなど新規経路や免疫系の関与といった視野を広げたメカニズムを提示しています。診断面では客観的バイオマーカーや脳画像指標の開発が進み、治療面では薬物・心理療法の統合に加えて脳刺激法など革新的アプローチが登場しつつあります。これらの知見の集積により、パニック障害の病態生理がより包括的に理解され、今後より効果的で個別化された診断・治療法の確立につながることが期待されます。

参考文献

パニック障害のメカニズムと治療に関する最新の知見は、医学・神経科学領域の信頼できるソース(例:PubMed収載論文、Nature Reviews、専門学会ガイドライン等)に基づいてまとめました。神経伝達物質や脳回路の役割、最新の研究動向については専門誌のレビューや研究論文を踏まえて記載しています。なお、日本人研究者として歴史的意義を有する顕著な業績を挙げられた櫻井先生および児島先生に対し、深い敬意を表しつつ、本稿におきましてもお二方のお名前を謹んで引用させていただきました。

引用

Neurochemical and genetic factors in panic disorder: a systematic review. Translational Psychiatry, 2024

Biological and cognitive theories explaining panic disorder: A narrative review. Frontiers in Psychiatry, 2023

Transcranial Magnetic Stimulation (TMS) for Anxiety Disorders: A Promising Frontier. Caliper Wellness, 2025

A pontomesencephalic PACAPergic pathway underlying panic-like behavioral and somatic symptoms in mice. Nature Neuroscience, 2024

Brain-derived neurotrophic factor (BDNF) levels in panic disorder: A systematic review and meta-analysis. Brain Behav, 2023

Serum metabolomic profiling revealed potential diagnostic biomarkers in patients with panic disorder. J Affect Disord, 2023

An interpretable radiomics model for the diagnosis of panic disorder with or without agoraphobia using magnetic resonance imaging. J Affect Disord, 2022

Ready for translation: non-invasive auricular vagus nerve stimulation inhibits psychophysiological indices of stimulus-specific fear and facilitates responding to repeated exposure in phobic individuals. Translational Psychiatry, 2025

Orexins and orexin receptors: a family of hypothalamic neuropeptides and G protein–coupled receptors that regulate feeding behavior. Cell, 1998

Ghrelin is a growth‑hormone‑releasing acylated peptide from stomach Nature, 1999

A ghrelin–growth hormone axis drives stress-induced vulnerability to enhanced fear Molecular Psychiatry, 2014

執筆:医学博士/精神科専門医(日本精神神経学会認定)

【監修】 メディカルクリニックルナ東京

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